・女というのは泣かせてやらなければならない。 泣きぬくと、泣くべきものがなくなって、あとはすぐに忘れてしまうものなのだ。 ―「反復」― 

・欺かれる者は、欺かれない者よりも賢く、欺く者は、欺かない者よりもよい。 ―「人生行路の諸段階」― 

・人間とは精神である。精神とは何であるか。 精神とは自己である。自己とは自分自身に関わる一つの関係である。 ―「死に至る病」― 

・女性は自然の規定に完全に従属しており、したがって美的な意味において自由である。 男性が女性に求婚するに際して、自由を与えるという言葉を使うのは、このためである。 ―「誘惑者の日記」― 

・汝が汝自身のごとく隣人を愛するとき、 汝はまたその隣人を愛するごとく、汝自身をも愛さねばならない。 ―「愛と生命の摂理」―

・世間では愛は人間と人間との間の関係であるというが、 キリスト教の教えによれば、愛は人間と神との間の関係であるという というのは、神が愛の媒介であるからである。 ―「愛の生命と摂理」―

 ・女というものは、自分の前を通った他の女が 自分に注目したか否かを直感的に悟る術を心得ている。 というのも、女が身を飾るのは他の女たちのためだからである。 ―「追憶の哲理」― 

・女性の本質は献身であるが、その外形は抵抗である。 ―「あれかこれか」― 

・女性は実体で、男性は反省である。 ―「誘惑者の日記」― 

・だまされる者はだまされない者よりも賢く、 だます者はだまさない者よりもよい。 ―「人生行路の諸段階」― 

・裏切り者の中で最も危険な裏切り者は何かといえば、 全ての人間が己自身の内部に隠しているところのものである。 ―「愛の生命と摂理」― 

・人間は思想を隠すためでなく、思想を持ってない事を隠すために語ることを覚えた。 ―「あれかこれか」― 

・思弁が終わる。まさにそのときに信仰が始まる。 ―「恐怖と戦慄」― 

・絶望である事を知らない絶望。言いかえれば、人が自己を、 しかも永遠的な自己を持っているという事についての絶望的な無知。 ―「死にいたる病」― 

・絶望とは死にいたる病である。自己の内なるこの病は、 永遠に死ぬことであり、死ぬべくして死ねないことである。 それは死を死ぬことである。 ―「死にいたる病」― 

・全てか、しからずば無。 ―「あれかこれか」― 

・罪は消極的なものでなく、積極的なものである。 ―「死にいたる病」― 

・人間とは一つの総合――無限と有限、 時間的なものと永遠的なもの、自由と必然――である。 ―「死にいたる病」― 

・青年は希望の幻影を持ち、老人は想起の幻影を持っている。 ―「死にいたる病」― 

・お世辞というものは、女の身にぴったりと当てはまる衣装である。 ―「追憶の哲理」― 

・われわれが恋愛について話し始めるや否や、ただちに第一の問題が出てくる。 すなわち、人は何を愛すかという問題である。これに対して人がなし得る唯一の答えは、 人は愛されるにふさわしいものを愛す、ということである。 ―「追憶の哲理」― 

・Die Krankheit zum Tode ist Verzweiflung. ―「sygdommen til doden」―