若山牧水
ゆふぐれを労れて酌める一つきの酒はなかなかさびしくぞ酌む
口にしてうまきこの酒こころにはさびしみおもひゆふべゆふべ酌む
酒買ひに爺をやりおき裏山に山椒つみをれば独活を見つけたり
   その寺男、われにまされる酒ずきにて家をも妻をも酒のために失ひしとぞ。
言葉さへ咽喉にっかへてよういはぬこの酒ずきを酔はせざらめや
酒に代ふるいのちもなしと泣き笑ふこのゑひどれを酔はせざらめや
酒やめていのち長めむことばかりするといふことのおもはゆきかな
   やめむとてさてやめらるべきものにもあらず、飲みつやめつ苦しき日頃を過す。
癖にこそ酒は飲むなれこの癖とやめむやすしと妻宣らすなり
宣りたまふ御言かしこしさもあれとやめむとはおもへ酒やめがたし
酒やめむそれはともあれながき日のゆふぐれごろにならば何とせむ
朝酒はやめむ昼ざけせんもなしゆふがたばかり少し飲ましめ
飲みすぎは酔ひてくだまくよしゑやしこのくひすぎは屁をたれてねむる
酒なしに喰ふべくもあらぬものとのみおもへりし鯛を飯のさいに喰ふ
うまきものこころにならべそれこれとくらべ廻せど酒にしかめや
人の世にたのしみ多し然れども酒なしにしてなにのたのしみ
冬の夜の為事づかれに酒飲みてうつつなく居れば雨降り出でぬ
寒き夜の煮たる酒をば願はずて麦酒をぞすする氷れる麦酒
咽喉にやや熱ある覚え飲みくだす寒き麦酒は泣くごとくうまし
寒き夜にすする麦酒の濁れりと灯にかざしつつ瞼は重し